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カモ猟に行って思ったハンター減少とコミュニティ崩壊の関連について

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Byほんたべ

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11月1日の夜明けは6時4分。5時半に待ち合わせで気温は2度。
猟友会ベストが意外とあったかいのに驚きましたが
風邪ひきました。やっぱ山用の下着を着ていくべきだった。



11月1日、山形県にカモ猟に行ってきた。

昨年に引き続き知り合いのハンターのおじさまのグループに入れてもらい
今回は2日間いっしょに猟場を回った。

数日前台風が来て、たくさんいたカモが全部どこかに行ったとかで
一日目、昨年は20羽くらい取れたが今年は7羽しかとれなかった。
ほぼカルガモで、もちろんわたくしの弾が当たるはずはなかった。

あまりにもあたらないわたくしを不憫に思ったおじさまが、
カモを追い出して一人きりで撃たせてくれたが、
7羽も飛び出すという非常にラッキーな場面だったにもかかわらず
わたくしの弾はやはり一発もあたらなかった。ううううう。なぜか。

たくさん飛んでくるとどれを狙っていいかわからないからである。

あれ? いやこっち? えーとえーととか考えてる間にカモはいなくなる。
「コツは一番近いやつを狙うこと。狙ってると大きく見えるからくちばしを狙う」
「大きく見えるってどれぐらい?」「この鍋(アルミのでかい鍋)くらい」

反省会の飲み会時に先輩ハンター2名に言われたが、あとで考えると
わたくしは騙されたのではなかろうか。ほんとにでかく見えるのだろうか。
とにかく今のわたくしに「飛ぶカモのくちばし」など見えるはずもない。

ちなみにそのうちの一人はヤマドリをしょっちゅう取っている上手な人だが、
一度タシギを撃ってあまりにもうれしくて剥製にしたということだから、
タシギはすげー上手な人でも撃てないのだなとしみじみ思うわたくし。

ハンターへの道のりは長い。

さて、今年このグループに新人ハンターが3名新たに加わった。
新人さんたちはペラペラでピカピカのおニューの猟友会ベストを着て
ピカピカの上下二連銃と自動銃を持っていた。いいなあああああ。
愛着が湧いてきたオンボロベレッタを見つつ少しだけうらやましいわたくし。

弾が当たったら自分は動かず落っこちた場所をしっかり覚えておけとか、
カモの羽のむしり方とかさばき方とかその他もろもろを、かなり厳しく、
そしてていねいに先輩ハンターたちに指導されていた。

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きれいなコガモはまだあったかくて、くちばしも足も羽も
すべてが愛おしく、胸が締め付けられるような気がしたけど、
このあと冷たくなったカモを持ったらそういうの全然感じなくなってたので
生命=自分的にはあったかいってことなのかもと想像。



もう少し慣れたら駆除の手伝いもしてねと言われていたが、新人ハンターは
信頼関係が構築できるまで駆除には参加させてもらえないことを知った。
駆除の要請は頻繁に来るらしく、呼ばれたら行かなくてはならない。

隣のぶどう農家から「猿が来てるから駆除してちょうだい」と言われれば行く。
あまりにも猿がくるから自分で銃の許可を取ったというおじさまもいる。
東京にいるとそういうのはピンと来ないのだが、ここでは
ハンターは地域に密着しており、とても頼りにされているようである。

そういう話を聞いていて、わたくしはふと気づいた。

昨今ハンターブームとかで都市部で狩猟免許を取る人が増えているが
ハンターはそもそも地域のコミュニティに属している存在であることに。
そしてハンターの減少とコミュニティの崩壊には関連があることに。

ハンターは狩猟解禁になったらみんなで連れ立って狩りに行く。
巻狩をする場合は若者が追い立てた獲物を年寄りが待っていて撃つ。

年寄りは山を上ったり下りたりできないから待つほうが理にかなっているし
若者たちは追う役をしているうちに経験を積むことができる。
年を取って足腰が弱ったら年寄りがやっていたように彼らも撃つ方にまわる。

現在ハンターの平均年齢は60代前半で高齢化が喫緊の課題だ。
わたくしの住む世田谷区の猟友会では、年取って足腰が弱くなったから
猪鹿はやめて鳥撃ちに転向した、という人がたくさんいる。

ということは、地域のハンターが全員年寄りになると巻狩ができなくなる
つまり、組織的な大物猟ができなくなるということでもある。
偉そうなジジイがいるところでは若者がそれを嫌がって巻狩ができなくなる、
なんて事例もあるようだがそれは置いといて。

さて、減少著しいハンター数のピークは1960年から1975年にかけてであった。

環境省のデータでは1975年には51万人いたが、2000年には21万人に減少した。
1975年の主たる構成員は30~40代で、合わせて16万人弱もいる。
この若い人々は猟期には日々猪鹿を狩っていただろう。ちなみに
2013年の狩猟者登録数は18.5万人。1975年=若者が16万人。ビックリ。

このような「狩猟圧」があれば猪鹿は増えることができなかっただろう。
また、冬も相当寒かったので越冬個体も少なかったと思うがそれはまあいい。

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今回コガモとカルガモの羽にはこの美しい色の羽根があるけど、
マガモにはないことを知りました。おじさまいわく
「青首(マガモのこと)がおいしいとか言うけど、肉になってたらわかんね」
とのこと。そうかもね。比べてないからわかんないけど。



全国各地で猪鹿被害が顕在化し都市部で話題になり始めた2000年には
1975年の主構成員だった人たちは半数に減り、さらに
30代の新たなハンターもほとんど増えなかった。なぜだろう。
それは、若者がみんな都会に行ってしまったからだ。

昔も今もハンターの主たる構成員は農家である。今はともかく昔は
農閑期にみんなで狩猟に行って肉ゲット、猪が取れたら旅館に売って
パチンコより効率がいい小遣い稼ぎ、みたいな感じ。

農業者の減少と高齢化、ハンターの減少と高齢化。根っこは同じ、
というか農業者とハンターは強く結びついているとわたくしは思う。

1970年には狩猟は生活に、そして地域に密着した生活の糧を得る術でもあった。
会社でお給料をもらってお店で食べものを買う現代の生活に「狩猟」はそぐわない。
また農業が儲かってたときは良かったが、現在では、
地方でそれなりの仕事を見つけるのが大変だからみんな都会に行く。

農家とハンターが減るのは当然の成り行きである。

認定事業者制度後、狩猟で食べていける=ハンターブームとか言われたが
そもそも若者の数が減っているから若者ハンターの負担が大きくて
結局「ジジイがめんどくさい」とかで大物猟に出なくなっちゃったりして
稼働数も減るんじゃないかと思うがどうだろう。

「ハンターの減少」の根っこには農村部の人口及び若年層の減少&高齢化、
コミュニティの崩壊などの要因があり、昨今東京都猟友会がやってる
「狩りガールで若者を釣る」なんつーことはむずかしいのではなかろうか
なんて思ってしまったわたくし。

そういうわたくし自身、たまーに狩猟に行くとかのへなちょこぶりで
きちんと地方でバリバリと稼働する人にならないといけないのではと
思ったりするがすでにわたくしは年寄りであり主戦力にはならない。ううううう。

そんなこんなで、2月はうさぎ狩りに行ってきます。
よそ者なので銃は撃てませんから取材してきます。


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