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生命に自分勝手な線引きしているわたくしたちヒトという存在について

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Byほんたべ

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こんなかわゆいイモムシは捕殺できませんが、
たんに見ための問題なので、わたくしったら勝手だよなーとか思うわけです。
ところでこれ、なんの幼虫だったかな。誰かおせーて。



畑にいるとさまざまな昆虫を見かけます。

好きなのは、アゲハの老齢幼虫、ヒラタアブ(成虫)、ミツバチなどで、
見つけたら即効で駆除するのはヨトウムシ、アゲハの若齢幼虫、カメムシなどです。
テントウムシの場合は成虫も幼虫も大切にします。

昨年初めてウドンコ病の菌を食べているキイロテントウを見つけ、
ひゃっほう! と思いました。クモも好きなので絶対に殺しません。
しかし、蚊、コクガ、ゴキブリは、見つけたら即効で必ず殺します。

わたくしは虫の生命に自分勝手な線を引いて殺したり生かしたりしています。

農家の人々はもう少し厳しい線引きをされているのではないかと思います。
なかには絶滅系農薬で天敵から何から全部殲滅という人もいます。

ヒイイイイイイイイー(゚∀゚) とか思ってはいけません。

なぜなら、その「目に見えない恩恵」をわたくしたち消費者は
「虫食いのない野菜」というかたちで受けているからです。

なかにはホタルとミツバチがすごい大事という人もいますが、
ほとんどの人が、虫の生命についてとくに問題視していないのではないでしょうか。

しかしこれが魚とか鳥はまだしも、ネコとか犬、鹿とか猪になったらどうでしょう。
また、牛・豚・鶏などの産業動物になったら?
たぶん、人それぞれに「ここまで」というヒジョーに厳しい線があり、
他者とは共有できないこと、が増えていくように思います。

さて、わたくしは狩猟免許を持っており、ときおり狩猟に出かけます。

2006年以前は「狩猟」についての是非など考えたこともありませんでしたが、
鹿猟の取材に行って以降否定的な感情を持つのをやめ、
数年間思い悩んだ末に、狩猟免許を取得し銃も購入しました。

生命をいたずらに奪う行為は許されるべきではないと思いますが、
生きていくために食べる=命を奪うのはしょうがないと考えたのです。

「他の動物の生命を奪う罪」は自分自身が背負うべき罪である、と
腹を決めたというか、それまでも肉を食って生きてきた自分を総括したとも言えます。

そんなある日、狩猟について否定的なことをおっしゃる釣り師の方が
釣った魚を食べずにリリースするとおっしゃいました。

「持ち帰っても誰も食べないから。食べ飽きちゃったんだよね」

リリースされた魚はどうなるのでしょう。元気に生きていけるのでしょうか。
わたくしはバス釣りでそういうことがよくあると知っていましたが、
海の魚でもキャッチアンドリリースなんてのがあることにビックリしました。

ヒヨドリを狩るのはダメだけど魚はいいという彼の場合、
鳥類・哺乳類と魚類の間に線があるのかもしれません。

わたくしが彼のキャッチアンドリリースに否定的な感情を持つのは
「釣った魚は食べるべき」と思っているからですが、
彼は「食うのでも鳥を殺すのはダメ」と考えている。

実は単に、互いが自分勝手に引いている生命の線の場所が違うだけですが
それぞれそれまで生きてきて培ってきた思想があるため、わかりあえません。

したがって、解決策は「理解しあう」ではなく「受け入れる」しかないのです。

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ほとんどの産業動物は劣悪な環境で飼育されていますが、
なかにはそうではない産業動物もいます。自分的には
知る限りそうではないものを選びたいと思うけど、もしかしてこれは
単なる自己満足かも、とか、ちらりと思ったりするわけです。



では、ふだん食べている牛や豚、鶏の生命についてはどうでしょうか。

わたくしたちが産業動物の生命を意識する機会はほとんどなく
飼育や屠畜などの見たくない部分は誰かが肩代わりしてくれています。
だからこそ、気にせずに食べている、とも言えます。

狩猟で獲得した肉とお店で売ってる肉のどこが違うかというと、
狩猟は野生動物、産業動物はヒトが食べるために飼育されている家畜、
というだけで、生命としては同じものだろうと思います。

わたくしたちはここでもまた勝手な線を引き、
家畜はいいけど野生動物はダメとか言うことがあります。
この場合は、家畜と野生動物の間になぜか線を引いているのです。

そう言われると家畜の生命の価値とはなんなのかとか考えてしまいます。
そしてカズオ・イシグロ氏の『わたしを離さないで』とかについても考えます。
生命の価値について。どこでどういう線を引くのかについて。

化粧品や医薬品など医学や科学の進歩のために失われる動物の生命とか、
毛皮や皮を取るために飼育される動物の生命とか、わたくしたち人間は
生きていくためにさまざまな動物の生命を奪っています。

意識している部分だけ切り取って考えていると、それに気づくことはできません。

わたくしは先週末ヒラタアブとハナバチのために畑に菜の花を残し、
ハナアブとハナバチのエサを確保してとてもいい気分でした。
しかし地面を這っていたイモムシにはそのようなやさしい感情は持ち合わせず
菜の花といっしょに地面にうなってしまいました(゚∀゚)

ううううう、でもあんまり気にならない(冷血)

「虫の生命」に勝手に線を引いていい気分になっていたわたくしとは
いったいどのような存在なのか。そもそも殺生とはなんなのか、
ブッディストとしてわたくしったらどうなのかとか、昨日からいろいろ考えておりますが、
たぶん懲りることなくこれからも勝手な線を引き続けるのでしょう。

そこから生まれる罪は、それぞれが背負って生きていく、
そのことだけわかってればいいのかもしれないなーなんちて思っています。


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