50代も後半になるといろんなことがあるわけで

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Byほんたべ

うこん
若いころから「うこん」と「ウンコ」をよく読み間違えていましたが、
最近はそれがほぼデフォルトになりました。そのほかにもアホな読み間違いが多く
脳の劣化が非常に心配です。



先月、同級生の中で最後から二番目くらいに55歳になりました。
一学年下の4月生まれの人々と10日くらいしか誕生日が違わないので、
早生まれのわたくしは、同級生の中ではなんとなく得した気になれます。

しかし、幼い頃はまるまる一年違うのですから体も脳も一年分の差があります。
小学校低学年で仲良しだった4月生まれの友人はまるでお姉さんのようでした。
そう言えば通信簿にもよく「あまえんぼ」と書かれておりました。

それがいつしか「夜叉」と呼ばれる女になろうとはううううう。
おとなになるといろいろ変わるわよねえ。。。。(遠い目)

さて、このたびの誕生日で50代後半にさしかかったわたくしには、
ここ2年ばかりでいろいろなことが起きており、これはたぶん体の劣化、
というか老化が原因だろうと思うわけです。

坂道を転がり落ちるとはこういうことを言うのでしょう(さらに遠い目)。

40代のころのわたくしには、老眼以外に老化の実感はまったくなく、
どころか「年をとるってこんなもんかふふふふふん」などと甘く見ていました。

しかし、老化とはそんな甘いものではなかったのです。

53歳位からじわじわと真綿で首を絞めるように劣化の波がやってきて、
今やわたくしは死にゆく細胞のカタマリ、というか、
老化の権化のような存在に(大げさか)なりつつあります。

まだ50歳とか40歳とかで「ふふふふふふん」などと思っている方々、
注意しないと劣化の大波に飲まれますから今から気をつけておいたほうがいいと思います。

つーことで、50代半ばの老化と劣化のリアルを書いてみました。

1.読み間違える

むかーしから「うこん」を「ウンコ」と読み間違えてはゲラゲラ笑っていましたが、
最近それがデフォルトになりつつあり、そこはかとない危機感を覚えています。
そのほか海外の小説の主人公のカタカナの名前を読み間違え続けています。
そのうちカタカナが読めなくなるのかもしれません。ひー。

2.濁点と半濁点がどうでもよくなる

スマホで入力する際に「パ」と「バ」を間違え始めたのが52歳のころです。
当時は自らの老眼が恥ずかしく、あわてて修正していましたが、
最近はもうどうでもよくなった、というか、
友人全員老眼なのでどうせ読めないだろうしいいや的な境地に達しています

その都度指摘していた友人もまったく指摘しなくなりました。
みんな等しく老眼になり、読めなくなったのでしょう、わははははは。

ということで、大変申し訳ないのですが、もしわたくしから来たメールで
濁点と半濁点が間違ってても怒らないでください。よろしくお願いします。

3.小説が読めないけど実用書がへーきになる

物語が読めなくなるのは脳の老化及び忍耐力の低下が原因でしょう。
しかし、昔はまったく読めなかった実用書が読めるようになったため、
昔買って置いといた科学エッセイ『ダーウイン以来』とかを読み始めました。

それはそれでいいのですが、ときおり物語に没頭したいなーと思ったりします。

しかし、テンポ良くサクサク展開するものしか読めないため、
昔の推理小説、ジョン・ル・カレとかどんなにカッコよくてもムリだし、
『指輪物語』など最初の数ページ(ホビットの生態部分)で断念って感じです。

だいたい小説はそもそも文庫本で読むことが多いため、字が小さくて読めません。
文庫本の字を大きくして上下巻にして金儲けしようと思っているな、
出版社め!!
 などと若いころは出版社の陰謀を疑っていたのですが、
年寄りにやさしくしてたのね、と、いまさら反省しています。

それでも読めないけどな。

4.朝起きるとなんか痛い。あちこちが

ここ一年ほど朝起きると痛いところが一ヶ月おきに変わり、
そろそろ病院に行くかと腹を決めると治る、を繰り返しており、
自分の体が何をしたいのかまったくわかりません。

そう言えばむかーし、祖母が「朝起きるとあちこち痛い」とか言ってたのはこれか!!
と昨日気づきました。祖母と同じ年になったのだなあとしみじみ感心しています。

5.熱いものを持つのがへーき

猫舌なので熱いものは飲めませんが、熱いものを持てるようになりました。
祖母が炊飯器のカマを素手で持っているのに長年憧れていましたが、
最近自分もできるようになりました。ちょっと鼻高々って感じ。うひひ。

6.忍耐力・持続力が著しく低下中

昔から「努力」と「忍耐」に欠けていて通信簿に「飽きっぽい」
などと書かれていましたが、最近ものすごい速さでそれらが失われています。
そのわりに「食材原理主義」だけはしつこく残っているのが不思議です。
このめんどくささが突出しないように気をつけなくてはと考えています。

7.何を食べても、息をするだけでも太る。

そのうち何を食べても太れなくなるお年頃がやってくるのでしょうが、
現時点では食べる量が減っているのにもかかわらず、体重が増加します。
いつか光合成とかし始めて次世代の人類になれるといいなと妄想しています。

8.細部にこだわらなくなった

老眼のすんばらしいところは、細かいものが見えないこと
=見えないものはどうでもよくなること であります。

40代後半まで2.0という視力を誇っていたわたくしの目には
いろいろなものが見えすぎていたのでしょう。
世の中には気になること、許せないことがいろいろありました。

今や乱視と老眼で何もかもがぼやけて見えており、
そのぼんやりした世界で生きるのは意外と居心地いいことに気づきました。

若いころは何かと白か黒かをハッキリしたくなりますが、
それは目がよく見える、というか見えすぎるからではないでしょうか。
見えなくなるとどうでもいい。とくに細部ややり方などはどうでもよく、
何をするか、何ができたかのほうが大切な気がします。

年をとるとはおそらくそういうことなのでしょう。

このままいろんなことがどうでもよくなると、ある意味
「悟り」を開いた状態になるのではないか、などと考えつつ、
これからやってくるさらなる老化が楽しみなわたくしであります。

みなさまも、今後の劣化や老化を楽しんでお過ごしください。
間違ってもコンビニで店員を怒鳴りつける年寄りにだけはならないよう
世の中は薄目を開けて見るのがいいと思います。

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