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在来ダイコンセミナーに参加して在来ダイコンの問題点を知った件

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Byほんたべ

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最近人気の色がついてるダイコン。イタリアンとかフレンチレストランに引き合いがあるそうです。
サラダにちょこっととか彩りとして使えるからでしょうか。在来品種ではありません。


アブラナ科天国、日本。そのなかでも大根はふるーくから作られていました。
その秘密を知りたくて、在来ダイコンセミナーに参加してきました。
※セミナーに準じて大根=ダイコンと表記を統一いたします。

さて、講師の東北大学非常勤講師・佐々木寿さん(ダイコン博士)によると、
ダイコンはそもそも地中海あたりで生まれたそうです。

その後世界各地で地ダイコンと交配しながらさまざまな形に変化していきます。

日本には、中国など寒い地域から来たものと東南アジアなどあったかいとこから来たもののの
2系統が存在します。朝鮮半島から日本に渡ってきたのが「華北系ダイコン」。
その後、各地の地ダイコンと交雑しつつ北前船でも北上し、東北に定着したと考えられています。
東北の辛味大根や漬物用のかたーいダイコンはこの系統だそうです。

また、あったかい地域を移動してきたダイコンは「華南系ダイコン」と呼ばれ、
九州あたりに上陸後、太平洋側の暖かい地域に広がり、桜島大根とか、大蔵大根や練馬大根など、
水分の多い柔らかいダイコンに姿を変えていきました。

どちらも野生種のダイコンと交雑しつつ、その地域にあった姿形に変化していった、
というのがミソです。そのため、日本各地にその土地にしかないダイコンがあります。

Wikipediaでダイコンを検索すると【平安時代中期の『和名類聚抄』巻17菜蔬部には、
園菜類として於保禰(おほね)が挙げられている】
と書いてあります。
平安時代にはすでに園芸種が栽培されていたのでしょう。

園芸種である於保禰(おほね)=オオネ(大根)に対して、
ハマダイコン・ノダイコンなどの野生種は「コホネ」と呼ばれていました。
そう言えば、大地を守る会の情報誌「ツチオーネ」は実は「土大根(つちおおね)」のことでした。
社長だった藤田和芳さんの本『大根一本からの革命』にちなんで、、、る
と思ったけどどうだったかな。ま、いいか。

大地を守る会時代には、12月下旬になると三浦半島から「三浦大根」、
埼玉からたくあん用の「干し理想」、丸っこい「聖護院大根」が出荷されたりして、
ダイコンから革命を起こした組織らしくダイコンのバリエーションは豊富でしたが、
最近ちっとも見かけなくなりました。でかいダイコンは売れないのでしょう。

これは一般的な傾向でもあります。スーパーで見かけるのは半分カットにされた青首ばかり。
ふくふくに煮含めたダイコンはおいしいものですが、料理するのもめんどくさいし、
サラダのほうがいいよね、的な感じなんでしょうね。

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練馬大根と大蔵大根。重いです。練馬大根、長いです。作りにくそうです。
青首だったらスカッと抜けるでしょうが、これはかなり掘らなくてはならないでしょう。
葉が広がるから株間も広そうだし、作る人がいるのがスゴいと思ってしまうなあ。
っていうか、高いんだろうなー。



というような昨今の傾向ですが、在来ダイコンはまだ全国各地に残っています。
また「在来品種を守る」動きも各地で行われています。
例えば世田谷区では、大蔵大根を復活させて世田谷区の野菜直売所で販売しています。
その他、練馬大根や亀戸大根も同様です。高いけど買う人がいるのでしょう。

昨今では、在来種は大切なものと認識されていますが、
ビジネスにならなければ復活はむずかしいでしょうから、
これらの在来種復活は、巨大消費地・東京ならではの成功事例でしょう。
売るところがあり、食べてくれる人がたくさんいるから継続できるのです。

しかし地方ではこのような取り組みはとてもむずかしいようです。

講師の佐々木さんが日本各地の在来ダイコンの説明をされている際に、
「もうこの方一人しかつくっていないのです」と再三おっしゃったのは、
ボランティアで作ってる人が一人しかいない、ということでもあります。
この人の後継者がいなければ、そのダイコンは消滅してしまいます。

このように属人性の高い在来ダイコンを継続するために何をすればいいのか。
以前のわたくしなら「食べること、食べて支えること」とノーテンキなことを言ったでしょうが、
そんなにカンタンな話じゃないよね、とオトナになったわたくしは考えます。

在来ダイコンはその地域と深く結びついているため、土地が変わると形状が変わります。
タネを持ち出してよそで作ると辛味が抜けたり形も色も変わったり、元の性質が失われます。
また、同じ品種を同じ土地で作っていても、長年の間にやはり少しずつ形状が変わってきます。
前は長かったのに、20年経ってみるとまんまるくなっている、みたいな変化です。

そのような、安定しない性質のものは、作るのも売るのもとてもむずかしいものです。
地域のお祭りや伝統食としてはいいかもしれませんが、これをブランドにする、
あるいはマスに売り込むためには「いつ買っても同じ味、同じ形」にする必要があるのです。

セミナーにいらしてた「きじがしらダイコン」を岩手県で作っている農家の方に
「10アールで何本くらい取れますか」と聞いたところ、2000本ですかねーとおっしゃいました。
在来種で葉が横に大きく広がるから株間が広いのかしらん、と思ったら、株間は30センチ。
つまり畑には6000本くらい植わってるのに、正品が2000本しか取れないってことなのです。

正品率30%強!! ヒイイイイーーー(゚∀゚)驚愕するわたくし

どんなに選抜してもいろんな色や形になり、正しい形のものが少ししかできない(゚∀゚)
であれば、ブランド化されている源助大根や宮重大根のようにF1にすべきでしょう。
しかしF1にするためには、どこかが作ってくれなくてはなりません。
そういうことをしてくれる可能性があるのは、その在来ダイコンのある県とJAで
彼らが積極的に在来種を大切に=ビジネスにしようと考える必要があるのですが、しかし。

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松館(まつだて)しぼりだいこん 大根おろしですって絞り汁のみ使うダイコンで、
絞りカスは捨てます。用途はそばつゆに入れる、イカの刺身にワサビ代わりに使うの2通り。
常時買わないと思うし、使いにくいし、売りにくいけどブランド化されています。
辛味大根って基本的には売りやすいのかも、と思ったりします。



在来ダイコンは青首大根のようにサラダにも煮物にもバッチリ! みたいな汎用性はなく、
漬物なら漬物オンリー、汁だけ絞ってそばオンリー、みたいな使い方しかできないものが多く、
それぞれその調理法ではとてもおいしくても他の食べ方がない、みたいな特徴があります。

在来ダイコンで漬物を作っても、漬物自体が絶滅危惧種になりつつある今の日本で、
それをテコにして地域活性とかはちょっとムリかなー。。。って気がするでしょう。
つまり、在来ダイコンが継続していくためには、マスである都市部の消費者が食べる前に、
まず、地域の人がそのダイコンを愛して食べ続ける=作り手を増やす必要があるということです。

ブランドになって残るダイコンと消滅するダイコンの違いはどこにあるのか。
地域の愛かダイコンの汎用性か、その地域に誰か突出した人がいるせいか。

わたくしは目の前に並んでいる個性豊かなダイコンを眺めつつ、それぞれの稀少さはわかるけど、
スーパーじゃ売れないよなーとしみじみ思ってしまいました。

なんかちょっと悲しくなって家路についた在来ダイコンセミナーでありました。


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